アルスノート
造形譜研究

 The study of Notation for Ars

 COMA DESIGN STUDIO
 Ken ISHIGAKI  石垣 健

アルスノート とは
アルスノート
等身大な一人の人間としての
芸術と科学への新たな取り組み方とその方法の記述.
多様化し,分科を極め,限りなくスキルを求められる日々の仕事.
すでに自然を担保や人質に取り込みすぎた今の企業文化に行き詰まりを感じながらも,

一人の人間として 科学し 芸術する 自由はある.

アルスノートは,芸術的創造に科学的視点を積極的に内包し,協働して現代の調和的空間 を探求する記述です.
アルスノートは,造形作品の制作過程を明示し,制作協力者に伝達する芸術・科学・技術にわたる記述です.芸術を科学する意図はなく,革新的技術をあたかも芸術的秘技と見せかけるのでもなく,芸術的創造に科学的視点を積極的に内包し,同時代の技術革新を受け入れた造形プロセスの創出と共に,新たな調和的空間を協働的に探求し,計画し,制作するための記述です.
アルスノートは,文字,記号,図像を使ったデザインアートとしての記号的記述です.したがって,制作者や製作者と共に身体性の延長としての道具,機械,そして作動する記述であるコンピュータプログラムとシステムもその表現の協力者です.
アルスノートは,科学への横断的な逍遙とその心の探究の場です.
アルスノートは,造形表現として,芸術性に科学性を内包あるいは外延させることへの包み隠さぬ表明で,科学的精神の謙虚な継承と,そこから遊離・浮遊する創造的精神の探求です.
芸術が宗教性の表現を様々な手法で試みたように,現代芸術は,現代科学をどのように位置付け,表現することが可能か?時代を超えた芸術的直感はどのように自己の科学的精神を受け止め表象させるか?

真偽を科学的に究明し,善悪を技術で凌駕し,美醜を芸術で極める. 
現代人のなんとも忙しい生き様だ,
自分の感性と技能や技術を鍛え上げ,直感的に駆使することは,単に感情的な表現ではない.
人間は,経験をとおした学習が自然に蓄積され,直感の背景に膨大なデータベースをもつ.それらは常に科学的視点を吟味し,その技術への盲信を抑制している.
留まるところ無く情報の累積を続ける科学と技術.もはや専門家も,その全ての把握は困難だ.この無知への不安を和らげているのは,論理と記述による反証可能性と検証の機会の確保だ.しかし,この性急な発展の中では,その機会を失う場合も多分にある.
まさに直感的表現のメチエ(技法)こそが,新たな事態の予測を引き受け,自己撞着の打開を支えている.

芸術の固有性は,表現する側も,享受する側も自己の固有性そのものであり,かけがえ無き命の顕れとも言える. デザインアートを科学や技術の視点から理解を深めるのは良いことだが,十分とは言えない.
何故なら芸術は,それらの科学と技術からハーモニーとユニティーを創発し,感覚に作用するデザインを行うからだ.また,鑑賞・享受する側にも同様に解釈の自由や夢想も生まれる.
脳,脊髄,末端神経のリアルタイムな協働は,科学的客観性を内包させつつ,技術と共に身体の延長を駆使し,感性に統御された固有の制作を試みる.そして,享受する側も同様に感性による表象がはたらく.この人為としての精神性を感じ取らずして芸術的感動は語れず,感動の固有性は,むしろ自己の存在そのものだ.人間に生まれたからには,誰もが等身大に科学し芸術する命としての楽しみが備わっている.

アルスノートは,創作の構造と構法の蓋然的表現です. アルスノートは,共有された科学性のハーモニーとユニティーを創発させるデザイン的記述を探求し,創作の構造と構法を,制作関係者と鑑賞者が共有し,理解し,自由に解釈し,表現し,享受するための蓋然的表現手段です.

一人の人間として押さえがたい芸術的衝動は,その時々の人々の尊厳のほころびを,精一杯つなぎ止めてきたと言える.

現代の芸術的衝動には,分割・分離・分析による純度や成果を目指す科学技術指向に並進して,一人の人間として,選択,組み替,相互連関による構成によって,新たなこころの居場所をさぐろうという試みが見られる.
産業文化全盛のなか,実直な論理性から加速し,離陸し,浮遊し,視野一杯で等身大の感動を見いだすのは,
あなたの大いなる肯定,人間的勇気なのです.

2008.2.25 isi

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