アルスノート
造形譜研究
 The study of Notation for Algorithmic Arts

 
更新 
 COMA DESIGN STUDIO
 Ken ISHIGAKI  石垣 健

科学的発展に対峙し,いかに自己の感情は表出するか
芸術としてのメチエは、先端技術をどう融合させるか
感覚的構成力に科学的構成力は、なにを補足するか
身体の復権あるいは復活とは

"RAUM 4人展" ドイツ文化会館 
Metal sculptures designed using CAD/CAM methods 1996



自然科学が築いてきた道のりは,常に論理性と検証を足掛かりにし,苦難を希望で固めて前進した軌跡であり,客観性へと次世代を導く舗装道路です.
「自然とは?」 この問いかけは,人の生涯を越えて学術的累積を重ね,難解な論証に次々と記号をつけながら,平然と捨象し,抽象し,再び問いかけます..「それはなに?」,「それはいかに?」‥‥.この累積の一歩一歩が,いまどれほどの高みに私たちを押し上げているか‥‥,それを知るすべをもたぬなら,不運というほかはありません.
多くの動物において一体である知覚・認識・行動を分離し,思考を加え学習する能力は,自己を発見し,やがて納得のいく自己を探し求めることが生き甲斐となるようです.
私達という生き物は,余剰な脳をもて遊んでいるようです.それ故か,技術的進化は手足を退化させそうな有様.全知全能をもって日常を過ごしたいところですが,実はダラダラと昼寝をしたいのも事実.腹八分目とはよく言ったもので,物事の選択肢が増えるのはありがたいことですが,欲張った末の社会的肥満状態は,呼吸も整わず困難そのものです.

おそらく,具体的認識体として,
進化過程の遺伝情報をもちつつ,
その自己複製のただ中で
全身がリアルタイムな表現体となっている生物は,
言うまでもなく人為の及ばぬ脅威のコンテンツをもち,
宇宙的アフォーダンスのただ中に生息する存在です.

21世紀,そのなれの果ての私達は,
情報革命と称し,身体をさしおいて,
自然から見れば恐らく奇妙な計算機や,プログラムやネットワークを組み上げて,
新しい認識の手法を模索しつつあるわけです.
それは,無為自然ね一体的立ち居振る舞いを求めた時代がらは想像もつかないほどの,分離・分裂した日常をもたらしています.それは,人間としては産業革命以来続いている




科学技術」,
その際限なき可能性に一抹の不安がある?
科学という鋭利な視点が生み出す恣意的先端技術を,芸術的手法で統合できるものなのか?
たとえば,コンピュータグラフィックは,科学の広がる眺望を映し出し,いまに目覚める瞬間を醸し出す,新しいコミュニケーションシステムのさきがけです.これらのアルゴリズム化とシミュレーションは,私達の認識によるイメージを,CGという仮想現実を使って,巧みに検証しつつあります.不可能に近い冗長な論証や,多様な広がりの中での迅速で自在な視覚化..この局部的ではあるが,人の能力をはるか超えた言語機械システムの導き出す虚証は,実に壮快であるとともに,そこで導きだされる膨大な情報を人間として,一個人としてどのように受け留めていくべきなのか?その際限なき可能性を求める無防備さに,一抹の不安を持たざるを得ないのも事実です.



先端技術に振り回されつつ,先端技術を振り回す? この圧倒的な技術革新の只中において,これらの先端技術を,なんとか,少なくとも芸術的視点から凌駕したいという衝動が,前世紀末においてアルゴリズム造形を生み,人々をコンピュータアートへと向かわせたことは,現代人として直感的で,至極当然の衝動と思えるのです.




オギャーと生まれ,時代と向き合った.なんとも痛々しい,自己のバージョンアップ!累積性のある学問と技術に立ち向かう,悲しい青春.
どっか間違ってるんとちゃう?
笑いは,自己のイニシャライズ(初期化)でもある.
しかし,この急速な変化の中で情報芸術,とりわけ造形デザインにおいて起きている問題は,残念ながら決して深遠な芸術的思索ではありません.
 就職率確保のため,ついつい道具主義に陥りがちな学校の教育は,科学的視点に立ち,情報の本質を学びとる問題意識と,問題に対処し,実験・運用のための実行力を育む時間的余裕を確保する必要があります.そのためには,現場の教育者に対し,激変する現状ならびに予期される変化を告知する機関が不可欠であり,研究者や企業側からの情報提供と図書館等での最新ソフトの無償閲覧と試用,全ての教育機関の設備のリアルタイムな減価償却の実施.ならびに公的利益をめざすオープンな,ハードとソフトの開発が,きめ細かくなされなくてはなりません.そして最も重要かつ困難な問題は,,教える側の ”自分自身のバージョンアップ” をどう進めるかという必須事項です.前代未聞の,過激でまさに各自において革命的である試練を,この極東の島に生息する私達は乗り越えるべきなのか?それとも亜熱帯化を待って,のんびり暮らせる道を選ぶか? しかし,よく考えるまでもなく,もともと人間は,情報処理の天才で,厄介な問題を爆笑問題にすりかえるのも,嘘を真実に塗り替えるのも,無くて七癖.そんな人間が人間の考えた機械やシステムに振り回されるはずがない.とするなら,もう一度「情報競争」の再生産の連鎖を見直し,専門用語やプログラム言語で分断された人間関係を再編しなおす,絶好の好機再来でもあるのです.

造形における創造性の解放.
累積性のある記述は,次々とデータベース化され,迅速な再現性をもっています.たとえば造形物は,何千年の昔から光さえあれば情報を再生産できるのです.音楽の再現は,楽譜によって新たな発展を遂げましたが,場所を選ばず再生可能な機器の発明によって更なる発展を遂げました.この膨大な累積的複製事象にどのように棲まうか?今の若い方がなかなか決断できないのは無理もありません.
 COMA DESIGN STUDIO は,自然の造形プロセスと,それを享受する私たちの認識過程を分析的に捉え,アルゴリズム造形にかかわる基礎的概念を定めながら,それをプログラムに組み込んで,概略の形をあらわすデジタルデータとしての著作物「造形ノート」の提案をしてきました.
 そして,このAlsnote Lab.では,デザイナー,プログラマー,エンジニア,パーフォーマ等,それぞれから提案される表現手法を相互に感じ取り,理解を進めることによって,相互の関係性の再編を試みる新しい言語「作動する記述」としての"
arsnote"を提案し,オープンシステムの構築をめざししています.このシステムにおいては,音楽における作曲者,楽譜,演奏者,楽器,指揮者などの分類と同様に,デザイナー,設計プログラム,製作者,製造機械工具,プロデューサなどの関係において,もう一度楽譜的表現を共有することで造形プロセスを再考することをめざしています.楽譜を売るか,演奏データを売るかというような市場の問題はさておき,記譜を意識し位置づけることで,参加者がいかに新たな創造性を開拓・解放するかを探索していきます.


更新

 2004.9.21,9.2,5.5
2005.5.2
2006.2.13

 isi

では,いつの日か,アルスノートによる芸術的コラボレーションを夢見て..,



アルゴリズム造形の現状




アルゴリズム造形 (Algorithmic Art)の現状

 形を生み出すアルゴリズムは,カオス,フラクタル,自己組織化など(文献〔1〕参照)複雑系の科学とCGシミュレーションの研究が進むにつれて,自然に準じた多様化が進んでいる.一方,造形芸術におけるアルゴリズム造形 (Algorithmic Arts) (文献〔2〕参照)は,プロセスの公開と再現性を拒みがちだ.しかし,音楽のように記譜法が創作力と演奏力を巧みに和合させ,作曲家と演奏者の競演が人々を魅了している現実もある.これらの情況の差異を情報科学の基本的な考え方に基いて見れば,多様な構成やその複製が行われる場とプロセスにおいて,その概念化と記号的表現法や伝達方法のずれが見えてくる.音楽芸術は,蓋然的把握として,抽象的対応関係による記譜法や楽典が記されて,その発展に寄与してきた.一方,造形芸術においては,自然形態にプロセスの高次な複雑性と,ほとんど未解明に近い記述法が潜んでいると思われるにもかかわらず,その蓋然的構成の共通の記述法は特にはなく,造形構成の基礎となる共通概念すら不足している.isi

BACK
I